『はてしない物語』

 ☆☆☆☆☆
ミヒャエル・エンデ 上田真而子佐藤真理子訳、岩波少年文庫
 小さい頃に大好きだった映画『ネバーエンディング・ストーリー』の原作。
 少年バスチアンは、ある雨の日、古書店で出会った「はてしない物語」と題された本に魅了され、ひとり学校の屋根裏にこもって頁を繰る。本の中の世界“ファンタージエン”では謎の病“虚無”が広まり、滅びの危機に瀕していた。少年アトレーユは、女王“幼ごころの君”に世界を救うすべを探す任を託され、冒険の旅に出る・・・。
 映画化され、本書を読む前から内容を知っていた、アトレーユがファンタージエンを旅する本書の前半部。映画にはない、バスチアンが本の中へ入ってから経験する様々な物語が記された、後半部。どちらも同様に楽しめた・・・というよりも、主人公バスチアンのように夢中になって読み、まさに本の世界に入りこんでしまった。ファンタジーとしての面白さが抜群であると同時に、前作『モモ』のような思想的な深さを持つ作品だと思った。
 例えば、この一節。“虚無”に飲み込まれたファンタージエンの生きものがどうなるのか、というアトレーユの問いに、狼はこう答える。

・・・つまりな、幻想になったり目くらましになったりして人間世界に入りこむんだ。虚無にとびこんでったこの化け物の町の連中があっちで何になるか、・・・、連中はな、人間の頭の中の妄想になるんだ。ほんとは怖れる必要なんかなんにもないのに、不安がっていろんな思いを持つようにさせたり、自分自身をだめにしちまうものなのに、まさにそれを欲しがる欲望を持たせたり、実のところ絶望する理由なんかないのに絶望だと思いこませたりするんだ。
(上巻 248頁)

この文章は一体何なんだろう、「虚無にとびこんでいった・・・連中が・・・人間の頭の中の妄想になる」ってどういうことか、そして、人間にとって不安とは何か、絶望とは一体何だったのか、怖れることとはどういうことか、といった様々な問いがこころの中に生じ、作者がどんな思いを込めているのかと、考えてしまう。
 冒険につぐ冒険、ドキドキハラハラする展開をもつファンタジー小説でありながら、人間の弱さや、強さ、欲望、幸福、そして、生きることについての思索が詰まった、比類無い傑作だと思う。